大判例

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千葉地方裁判所 昭和50年(ヨ)236号 決定 1976年8月31日

申請人

原一

<ほか四四二名>

右申請人ら代理人弁護士

渡辺眞次

<ほか三名>

被申請人

千葉市

右代表者市長

荒本和成

右代理人弁護士

堀家嘉郎

<ほか二名>

主文

一  申請人らの本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、申請人ら

1  被申請人は、別紙物件目録記載の土地にごみ処理施設を建設し、同所にごみを搬入し、投棄してはならない。

2  申請費用は被申請人の負担とする。

二、被申請人

主文一項同旨

第二  当事者の主張

一、申請人らの申請の理由

1  被申請人は、別紙物件目録記載の土地(以下本件予定地という)に、千葉市内から排出される一般廃棄物及び産業廃棄物などの所謂ごみ処理施設(以下本件施設という)を建設し、同所に右ごみを搬入し投棄する旨計画(以下本件計画という)している。

2  別紙債権者目録(一)記載の申請人らは、本件予定地の南側に近接した通称グリーンタウン(同添付図面の青線で囲んだ部分――以下グリーンタウンという)に、同目録(二)記載の申請人らはグリーンタウンの南側に近接する通称高根団地(同図面の赤線で囲んだ部分――以下高根団地という)に、同目録(三)記載の申請人らは右以外の本件予定地周辺に、それぞれ主として土地、建物を所有して居住している。

3  被申請人の本件計画が実施されることにより、有然の美しい環境に恵まれた本件予定地周辺に居住する申請人らは、その生命、身体及び右環境に対し次のような被害を破ることが予想される。

(一) 飲料水の汚染

申請人らはいずれも、飲料水を本件予定地周辺から湧出する地下水に求めている。特に、グリーンタウン居住の申請人らは、本件予定地の南端からわずか五〇メートルの地点に位置する地下水給水塔一基から給水を受けて常用している。本件計画が実施されると、人体に有害な有機性、無機性物質、重金属類が地下に浸透し、地下水層に到達することによつて申請人らの常用する飲料水が複合的に汚染される。

(二) 有害虫の発生と野犬などの増加

ハエ、蚊、油虫などの害虫類や野犬、ネズミ、カラスなどが移住、繁殖したり、本件予定地全般にわたつて伝染病を伝播させ、申請人らの住居内外を荒らす危険が大きい。

(三) 臭害、粉じんの飛散

ごみの運搬、投棄、累積の過程で、悪臭や粉じんが広範囲におよび、申請人らの日常生活に耐え難い不快感を与え健康を害する虞がある。

(四) 有毒ガスの発生

ごみの堆積により、アンモニアガス、メタンガスなどの有毒ガスが発生して申請人らの人体に害を与え、右ガス自然発火し、申請人らの財産に予期せぬ損害を及ぼす危険がある。

(五) 騒音など

ごみ運搬、投棄、覆土などの作業により騒音、排気ガスの排出、土煙の飛散など、申請人らは日常生活に耐え難い肉体的、精神的苦痛を余儀なくされる。

(六) 自然環境の破壊

本件予定地及び申請人らの居住する地域は、千葉市中心から近距離にありながら、杉を中心とする森林、田畑と野生の鳥獣が生息する自然の環境下にあるが、本件計画によつて右環境は破壊されるとともに、本件予定地から北西約二キロメートルの地点に存在する下田地区の既存のごみ処理場と相まつて申請人らの居住地域周辺はごみ処理場と化す。

4  人は生まれながらにして健康かつ幸福に生きる利益(人格権)を有し、また、健康かつ幸福に生きるためによき生活環境を享受し、これを支配する権利(環境権)を有する。他人の違法な侵害、環境の汚染や破壊に対しては、右人格権及び環境権に基づきその予防(差止め)や排除を求めることができる。

よつて、申請人らは、人格権及び環境権に基づき本件施設の建設差止めなどを求めるものである。

5  ところで、本件計画では前述の如き被害を未然に防止するに足るものではなく、そのごみ処理方式も、そのまま野天に投棄するという原始的方式で、分害発生防止不可欠の中間処理(完全焼却、破砕、コンクリート固型化など)は施されることもない。また、被申請人は、本件予定地所有者と右予定地の賃貸借契約を終え、昭和四九年三月の市議会で既にその予算を議決していたにもかかわらず、同年五月になつて初めて申請人らに本件計画を通告し説明会を開催したが、前記被害防止や用地選定について十分な説明もせず、かつ、本件予定地の北西の更科中学校でも地下水を飲料水として常用しているが、これへの対策も講ずることなく、本件計画に着手しようとしている。このような状態で本件計画が実施されると、申請人らは健康で文化的な生活及び人と自然との調和のとれた環境を破壊され、右被害は事後的救済や金銭的補償では決して回復されるものではないから、右計画などの差止めを求める必要性がある。

二、申請の理由に対する認否及び主張

1  認否

(一) 申請の理由1は認める。

但し、生ごみの投棄は、平常は行なわず、年末年始などごみ量が異常に多く焼却場の焼却能力を超える場合などに例外的に行なうものである。

(二) 同2は認める。

(三) 同3ないし5は争う。

2  主張

(一) 本件仮処分申請の不適法性

被申請人は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」(昭和四五年法律第一三七号、右法律による改正前は「清掃法」昭和二九年法律第七二号)に基づいて千葉市内のごみ処理の行政責任を負うものであり、市内にごみ焼却場を設置して焼却処理などしている。本件計画もその一環として、主としてごみの焼却残灰と不燃性産業廃棄物とを谷間に埋めることによつて、これを処理しようとするものであつて、このための本件施設建設計画は行政行為であるから、かかる建設計画について民訴法所定の仮処分申請をなすことは許されない。

(二) 被申請人は、本件計画について、本件予定地の選択、本件施設の構造 ごみ処理方法、地下水汚染防止対策、環境保全対策などについて十分検討を加えており、申請人ら主張の如き被害発生の蓋然性はない。

(三) 昭和五〇年度における千葉市のごみ総排出量は、一日当り約七四一トンで、そのうち可燃物約四七六トンは清掃工場において焼却しており、焼却残灰や焼却不能の粗大ごみ、建築廃材などを千葉市下田町所在のごみ埋立場(以下下田埋立場という)に埋立処分している。右下田埋立場は、一〇万平方メートルのくぼ地で、埋立容積は約五〇万立方メートルであるところ、昭和四六年一一月から埋立を始め、埋立残存容積は同五〇年九月現在で約四万六〇〇〇立方メートルを残すばかりであつて、現在のごみ処理の実態からみて同五一年三月末で満杯となることが予想される。そのため被申請人は、新しいごみ処理施設を造る必要に迫られている。

第三  疎明<省略>

理由

一申請人適格

申請の理由1(被申請人の本件計画)及び2(申請人らが本件予定地付近の土地、建物所有者であること)の各事実は当事者間に争いがなく、審尋の全趣旨によれば、申請人らは本件予定地より約一二〇〇メートルの範囲内の住民(グリーンタウンの住民二八四人、高根団地の住民一四三人、その他一六人、合計四四三人)であることが明らかである。

本件申請は、本件予定地に本件施設を建設してごみを搬入、投棄することに対し、将来の被害を予測してその事前的差止めを求めるものであり、かつ、その被害の及ぶ範囲も広くそれによる被害者も多数人が予想されるのであるから、個人、個人の受ける被害の程度を個々的に判断することは容易でなく、仮処分の段階では一応地域的な判断をもつてこれにかえざるをえない。よつて、本件予定地より約一二〇〇メートル以内の距離に居住する申請人らの申請人適格を肯定することができる。

二本件仮処分申請の適法性

被申請人は、本件施設建設計画は行政行為であるから、かかる建設計画について民訴法所定の仮処分申請は許されないと主張する。

しかし、個人の法益を直接に継続的に左右する効果を公定力をもつて生ぜしめるような権力的な行政処分と異なり、権力行使の実体をもたないが、一定の行政目的を遂行するため公共施設を建設するなど、結果において個人の法益に対し継続的に事実上の支配力を及ぼすことがあつても、もともとは非権力的な行政処分に対しては、法益救済の便宜からみても、訴の利益をもつ者において、取消訴訟、執行停止申請の手続によつて救済を受けることができるほか、原則として権力的な行政処分の如く公定力及び不可争力を伴わないので、右救済を利用せず、仮処分を含む民訴法などを選択して(なお、本案訴訟として民訴法上の訴の提起ができる以上、これと体系を同じくする仮処分申請もできることはいうまでもない)法益主張をすることも許されると考えられるところ、被申請人は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」に基づいて千葉市内のごみ処理の行政責任を負うものであり、本件計画は、右目的達成のための本件施設を建設し、ごみを搬入、投棄しようとするものであることは審尋の全趣旨より明らかであつて その性質は前記非権力的行政処分に該当するものということができる。そうだとすると、申請人らの本件仮処分申請は適法なものと解される。

三本件施設の設置による影響

1  本件施設の概要

疎明資料によれば、次の事実が一応認められる。

(一)  本件予定地は、千葉市中田町地内所在のくぼ地(谷津田)であり、被申請人は、昭和四八年一二月ころから本件計画を検討し始め、同四九年四月一日、本件予定地所有者合計四四名との間に、本件施設建設目的で右予定地の賃貸借契約を締結した。本件予定地は南北の延長約一〇〇〇メートル、東西の幅約五〇メートルで、そのほぼ中央付近に東西に別紙物件目録添付図面表示の千葉道(以下千葉道という)が通つているが、その面積は合計8万1318.46平方メートル(千葉道より南側が4万0365.64平方メートル、北側が4万0952.82平方メートル)、その容積は合計43万6100.76立方メートル(千葉道より南側が16万9533.84立方メートル、北側が26万6566.92立方メートル)であり、約三二万四四七八立方メートルのごみ投棄が可能であると考えられる。

(二)  ごみの埋立期間は、三年六か月間の予定で、千葉道より南側(グリーンタウンに近い方)には専ら土砂瓦礫及び不燃性粗大ごみ((1)家具類…机、戸棚、たんす、建具、電気機具など(2)厨房具類…冷蔵庫、流し台、ガスレンジなど(3)その他…自転車、植木、木箱、ブリキ製品、ガラス製品など)を、北側には生ごみ、焼却残灰及び産業廃棄物など(以下これらの廃棄物を総称してごみという)の有機性ごみをそれぞれ投棄し、また、埋立工法は、ごみ三メートルに対して五〇センチメートルの中間覆土を二回施し、最終覆土は1.5メートルとする(なお、必要に応じて覆土の回数は多くする)改良型衛生埋立工法である。

(三)  本件予定地(くぼ地)の斜面には杉などの木が残つているため、本件施設建設に当つては右の木や木根などを除去し、盛土や切土を施して平滑にし、斜面の整形をした上に砕石(三〇センチメートル厚)及び砂(一〇センチメートル厚)を敷きつめ、また、底面については、腐植土による軟弱層(谷部中央において約1.5ないし3メートル、両端部分において約六〇センチメートル位)が存在するため、ごみ埋立による不等沈下を予防するため、右軟弱層部分の腐植土はこれを撤去して砂をこの部分に置き換え、さらにその上部に砕石(三〇センチメートル厚)、砂(一〇センチメートル厚)及び後述のゴムシートを敷いたうえ、さらに防護用砂(五〇センチメートル厚)を敷いて地盤改良を行なうものである。

(四)  本件予定地の底面及び両側傾斜面には、全面にわたつて、地盤改良のうえ遮水用のゴムシートを被覆する。本件計画に使用する予定のゴムシートは、1.5ミリメートルの厚さで、一枚の寸法は1.2メートル×1.6メートルであり、次のような材質と特性をもつものである。

(1) 材質…E(エチレン)・P(プロピレン)・T(ターボリマー)ゴム

(2) 強度…引張に対しては八九kg/cm以上、伸びに対しては四五〇%以上、引裂に対しては三六kg/cm以上の各強度を有す。

(3) 透水係数…−910cm/sec

(4) 温度依存性・熱老化性…高湿・低湿での物性が安定し、変化しにくく、一〇〇度Cにおける物性変化は、引張八〇%以上、伸び四一%以上である。

(5) 耐圧性…0.5kg/cm2の圧力に対し、伸び二六〇%で洩水はなく、2.3kg/cm2の圧力に対しては破断せず洩水はない。

(6) 耐薬性…強酸や石油類の液体を除き耐薬性には強い。

(7) 接合部分の強度…ネオポンド一一〇JSを使用して各ゴムシートを接合するが、接合部の強度もゴムシート本体のそれとほぼ変わりない。

(五)  債務者は、本件施設には別紙中田町廃棄物埋立処分地平面図、同縦断図、同標準断面図記載のとおり次のような各設備を計画している。

(1) ゴムシートの内側、即ち上側には汚水管(有孔管…直径五〇センチメートル、枝管は直径二五センチメートル)を、またその外側、即ち下側には湧水管(有孔管…直径六〇センチメートル、枝管は直径三〇センチメートル)及び雨水管(導水管…直径六〇センチメートル)を付設し分流方式で集水する。ごみによる有孔管の詰まりを防止するため、汚水管及び湧水管の周囲には2.5ないし5センチメートル大の砕石を敷きつめて、ごみとの直接の接触をなくしている。

(2) 埋立を容易に行ない、かつ、汚水が下流部(本件予定地より北側)へ流出しないように高さ約一〇メートルの本堰堤(土堰堤)を本件予定地北端の最下流域に、また、埋立予定地内には三か所に仮堰堤(土堰堤)を設け、各ブロツク相互間の汚水や雨水の流入を防止する。

(3) 地表水がゴムシートの裏側に流れ込まないように、本件予定地法肩周辺に排水溝(U字溝)を設け、ゴムシートをその中にL型に埋め込み土壌をもつて埋め戻し固定するとともに、埋立完了後は本件予定地内の表面水を右U字溝で右予定地外へ排水するように計画している。

(4) 本件予定地の周囲には、ごみの飛散を防止するため高さ2.4メートルのトタン製のフエンスを整備する。

(5) 申請人らの井戸水の汚染の有無及び地下水流動状況などを継続的に監視するために四か所に観測井を設置する。

(6) 埋立予定地より汚水管で一括集中された汚水を処理するため 本件予定地の北側に一日約八〇〇立方メートルの汚水処理能力をもつ汚水処理場(第三次処理施設)を建設する。但し 埋立開始前に第三次処理まで可能な汚水処理場を建設することは時間的、技術的に困難なので、汚水処理場完成までの間は暫定措置として埋立予定地内に貯留設備を設け バキユーム車で汲み取り市有施設で処理する。

(六)  その他、被申請人は次のような環境保全対策を行なう計画である。

(1) 有害虫の発生と野犬などの増加に対して……ハエ、蚊などの害虫類やネズミの発生に対しては、週二回の薬品による消毒作業を実施し(夏季繁殖期には必要に応じてその回数を増す)、野犬などの増加に対しては毒入食品、捕獲などの手段によりこれを防止する。

(2) 臭害、有毒ガスの発生と粉じんの飛散に対して……臭害、有毒ガスの発生に対しては、前記三1(二)で述べたようにごみの投棄場所を明確に区別して、申請人らの居住地に近い方にはこれらの原因となりにくい種類のごみを専ら投棄するとともに、覆土を励行することによつて対処し、粉じんの飛散に対しては前記フエンスを設けるほか、乾季には必要に応じて散水を行なう。

(3) 騒音などに対して……ごみ運搬車はグリーンタウンや高根団地内を通らず、また、ごみ搬入道路は道路整備を行ない信号機、カーブミラーなどを設置して交通の安全を図るので、申請人らの生活を妨害することはない。

(4) PCB使用部品を含む廃業家庭用電気製品(テレビ、ルームクーラー、電子レンジなど)に対して……前記不燃性粗大ごみのうち廃棄家庭用電気製品に使用されたPCB入り部品(コンデンサーなど)は埋立前に予めこれを取り外す措置を講ずる。

(七)  本件施設の建設に当つて公害防止上主として留意さるべき点は、本件施設より流出する汚水による地下水の汚染の有無、程度であるが、本件計画によれば次のような点から地下水(特に井戸水)汚染の虞はないものとされている。

(1) 本件施設に使用するゴムシートは、その透水係数が−910cm/secであり、右ゴムシートや汚水管、汚水処理場などがその計画どおりの性能を発揮した場合には、本件施設より発生する汚水は右ゴムシートの外側に流出することなく、全て右汚水処理場で処理することができる。

(2) 本件予定地付近の地形勾配は、南(グリーンタウン側)から北にかけて、一〇〇〇分の四のゆるやかな傾斜となつており、本件埋立後の勾配も右と同じとする。また、本件予定地の谷部の地質は、地表から粘土質シルト、砂、粘土、砂の順に構成されており、右予定地の地下には深度約二五ないし三〇メートルのところに約一五メートルの厚さの粘土層が存在し、右粘土層は、層厚の膨縮や間に砂層を挾在するものもあるが、ほば本件予定地付近一帯に分布するものであり、右粘土層が不透水層となつて、地下水が上部帯水層と下部帯水層の二層に区分されている。右粘土層及び上部帯水層は本件施設よりも下位に位置し、右粘土層の上面、即ち上部帯水層中の地下水位の形態は現在の地表地形面とほぼ一致した形態を示し、その流動方向は全体としてほぼ南から北へ、部分的には本件予定地の東西台地から右予定地谷部へと向かつている。さらに、右粘土層の透水係数ハ約2.5×−710cm/secであることから、右粘土層は上部、下部の両帯水層を二分する不透水層ということができる。そして、仮にゴムシートが破損するとしてもその時期は耐久性から考え相当将来のことでもあるし、右破損か所から上部帯水層に浸透する汚水は本件施設のゴミ処理方法から考え多量且つ汚染度の高いものとは考えられず、しかもこの程度の汚水は更に不透水層によつて下部帯水層に至ることを妨げられるのである。又仮に不透水層を汚水が透過することがあつたとしても、それまでに地下流水の方面から考え上部帯水層にある間に北に流れ去り、仮に一部が残留して下部帯水層に至るとしてもその量は更に少なくその汚染度は極めて低いものと考えられ、これより債権者らの飲用に供する地下水に影響を及ぼす蓋然性は更に極めて低いものと考えられる。

(3) 申請人らは全て飲料水その他の生活用水を井戸水に依存している。申請人らの多くは、別紙債権者目録(一)及び(二)記載のグリーンタウン及び高根団地に居住する者であるが、その給水源である井戸は本件予定地より高所に存在し、前記不透水層以深の下部帯水層から揚水している。また、右以外の別紙債権者目録(三)記載の申請人らは、本件予定地より西ないし北西に居住し、その居住地域は最も近い者でも右予定地から三三〇メートル離れており、地形的にも高所にあり、しかも右予定地から本件予定地の方へと地下水は流動している。従つて、前記ゴムシートと汚水処理場、不透水層たる粘土層の存在、地下水の流動方向などからみて、地下水、特に前記グリーンタウン及び高根団地住民らの井戸水たる下部帯水層の汚染の蓋然性は少ないものと考えられる。

2  公害防止規制と他の施設における実状

(一)  自然科学上の経験則によると、ごみ処理施設などから流出する汚水中には種々の物質が含まれているが、汚水中の有機性物質やカドミウム、水銀、鉛、六価クロムなどの重金属類、ひ素、シオン、PCBなどは、人の生命や健康に対して有害なものとされている。そこで、「水質汚濁に係る環境基準について」(昭和四五年四月二一日閣議決定、同四六年一二月二八日環境庁告示第五九号など)の別表1「人の健康の保護に関する環境基準」(全部改正昭和四九年九月環境庁告示第六三号、一部改正同五〇年二月第三号)においては、公害対策基本法九条に基づいて、水質の汚濁に係る環境上の条件について、人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい基準として、流水中に、シアン、アルキル水銀、有機りん、PCBは検出されない、即ち定量限界以下であること、カドミウムは0.01ppm以下であること、鉛は0.1ppm以下であること、六価クロム及びひ素は0.25ppm以下であること、総水銀は0.0005ppm以下であることとされている。

また、覆土の規制として、廃業物処理法施行令三条で「埋め立てる一般廃棄物の一層の厚さは、おおむね三メートル以下とし、かつ一層ごとにその表面を土砂でおおむね五〇センチメートルおおうこと」と規定されている。

(二)  ところで、本件計画においては、本件施設が予想どおりの性能を発揮した場合、地下水汚染などの被害の虞はないものとされているが、計画段階における性能と実施後における性能とは必ずしも一致するものとは限らないから、本件施設の実施後における性能を予測する上において、既に実施中の他のごみ処理施設の実状を知ることが必要である。

そこで、他のごみ処理施設の実状について検討するに、疎明資料によると、千葉市中田町所在の下田ごみ埋立場では、汚水中に前記環境基準では検出されてはならいいとされているシアンが0.01ppm、カドミウムやひ素も右基準値最高のものが検出されたり、一時的な集中豪雨による土堤防の決壊による汚水流出が生じたり、覆土も十分になされておらずハエや悪臭が発生した事例、埋立場内でごみ焼却を行なつた事例などがあり、また、松戸市秋山地域のごみ埋立場では、付近の井戸水中に水道法で決められた水質基準の一〇ppmを超える二八ないし六二ppmの人体に有害な硝酸性窒素が検出され、これは右埋立場から流出した汚水による地下水汚染がその一原因ではないかと考えられていること、その他、埋立に伴うハエや悪臭の発生、埋立てたごみの腐敗によるガスの発生と火災の事例などがあり、その他多くのごみ埋立場でも、ごみ処理施設が不完全であつたり、実施前の計画どおりの措置をとらなかつたため、円滑にごみ処理場の運営がなされず、地下水汚染を初めとする種々の被害が生じていることが明らかである。

3  本件施設と予想される被害

他のごみ処理場においては三2(二)で認定したような被害が発生しており、本件施設においてもそのような被害の発生が予想されないわけではないが、他のごみ処理施設と本件施設とは、その構造や工法、ごみ処理方法、地下水汚染防止対策、環境保全対策などが相当異なつていて、これを同一に論ずることはできず、本件施設においては公害の発生を充分に防止することができるとも考えられるので、他のごみ処理場で付近住民に被害を与えている実状があるからといつて、直ちに本件施設でも他の事例と同じような被害が発生するであろうと即断することはできない。

そこで、本件施設について、千葉市におけるごみ処理の実状、施設自体及び立地条件などの面からみて、本件予定地付近の住民に被害を及ぼす虞がないか否かを検討する。

(一)  千葉市におけるごみ処理の実状

疎明資料によれば次の事実が一応認められる。

千葉市は京葉工業地帯の中核都市として、また首都圏の衛星都市として発展を続けており、昭和四九年度の人口は約六一万四〇〇〇人、同五〇年度のそれは約六四万人であり、今後もさらに人口増加が予想され、加えて一人当りのごみ排出量が年々増加するに伴いごみの総排出量も増加傾向にある。千葉市のごみ処理の現状は、昭和五〇年度でごみの総排出量は一日当り約七四一トン(うち可燃物は四七六トン、不燃物は一四六トン、焼却残灰は一一九トン)であり、その処理方法は可燃物については焼却処理、不燃物及び焼却残灰については前記下田埋立場で埋立処理をそれぞれ行なつている。但し、通常年二回程度の焼却炉内点検とオーバーホールなどの休炉時と年末年始、夏季などの一時的ごみ増量時においては、焼却不可能の生ごみなどの可燃物も埋立処分の予定である。また、ごみ焼却施設としては、宮野木焼却場(一日当りのごみ焼却可能量約七〇トン)、北谷津清掃工場(同約二〇〇トン)、新港清掃工場(同約四五〇トン)があり、合計一日当り約七二〇トンの可燃性ごみの焼却が可能であり、現状では焼却処理能力に余裕があるが、今後のごみ排出量の増加に対処するため、昭和五二年度当初完成を目指して現在の北谷津清掃工場にかわるべきものとして北谷津町に新清掃工場(一日当りのごみ焼却可能予定量約四五〇トン)を建設予定である。千葉市の人口は昭和五一年度が約七三万人、同五二年度が七八万人と予想され、右増加に伴つてごみの総排出量は、昭和五一年度が一日当り約八九五トン(うち、可燃物は五一四トン、不燃物は一五二トン、焼却残灰は一二九トン)、同五二年度が一日当り約八七八トン(うち、可燃物は五七六トン、不燃物は一五八トン、焼却残灰は一四四トン)と予想され、右の焼却計画で完全焼却が可能であると考えられる。

ところで、焼却残灰中には、カドミウム、全水銀、鉛、六価クロムなどの重金属類やひ素、全シアンなどの人体に有害な物質が含まれている可能性があるが、千葉市における前記宮野木、北谷津、新港の各焼却施設における焼却残灰の分析検査結果(昭和五〇年三月実施)によれば、右宮野木焼却場において全シアンが0.03ppm検出されているが、その他の右有害物質は右各施設においては検出されていない。なお、焼却残灰の処理基準として準用されている「有害な産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令(昭和四八年総理府令第五号)」に定める全シアンの基準値は一ppmであり、右検出量は右基準値以下である。また、本件計画にかかる汚水処理場では重金属類などの除去を含む三次処理が可能であり、これによつて焼却残灰中の有害物質に対する対策が可能である。

(二)  本件施設自体の適否とその影響

以上認定の諸事実と疎明資料及び審尋の全趣旨によれば次の各事実が疎明される。

(1) 現在千葉市の唯一のごみ埋立場は下田埋立場であり 右埋立場は約一〇万平方メートルのくぼ地で、埋立容積は約五〇万立方メートルであるところ、昭和四六年一一月から埋立を開始し、埋立残存容積は同五〇年九月現在で約四万六〇〇〇立方メートルを残すばかりであつて、現在のごみ処理の実状からみて一応最も遅く見ても同五一年中には満杯となることが予想される。ところで、右下田埋立場においては、前記三2(二)で認定したような被害が発生しているが、右埋立場の汚水対策は所謂素堀りしたままの状態で埋立地に有孔管を設置して汚水を一括集中し、汚水処理場(二次処理まで可能)で処理するとともに、埋立ブロツクごとに築堤を造り汚水流出を防止するというものであり、また、埋立方法は、ごみ三メートルに対して覆土を中間(五〇センチメートル)と最終(1.5メートル)の二回とする衛生埋立工法で、その他の環境保全対策としては、埋立場周囲の必要な部分に金網又はトタン塀を造り、殺虫剤や臭気止めを週二回散布し、搬入路を整備し必要な場所に防じん剤を散布し、搬入車両にはシートをかけるなどが計画されていた。

(2) これに対し本件施設では、前記三1(二)ないし(七)で認定のとおり、本件予定地の地盤改良を行なつたうえで、その底面と両側傾斜面の全面にわたつて透水性の極めて少ないゴムシートを敷き、右ゴムシートの上側には汚水管を、下側には湧水管と雨水管を整備するとともに、本件予定地法肩周辺にU字溝を設けて地表水がゴムシートの裏側に流れ込まないような構造をとつており、右予定地北側には第三次処理まで可能な汚水処理場も建設される予定である、なお、ゴムシートの敷設に伴い、本件予定地内への降雨の処理が問題となるが、三年確率の最大月降水量をもとに一日当りの平均降水量を算出(トーマスプロツト法)すると、一日一〇ミリメートルであり、本件予定地内への降水量は全体で一日約八〇〇立方メートルと考えられるところ、本件施設(汚水管、湧水管、雨水管、汚水処理場など)はこれに対処しうる処理能力を有している。千葉市の大雨時においては、過去の経験より数年に一度の割合で一日当り一〇〇ミリメートルという降水量を記録したこともあるが、このような場合は一時本件埋立地内に右降水を貯留する方法で対処できるものと考えられるし、埋立完了後には本件予定地内の表面水は出来る限りU字溝より右予定地外へ排除するよう計画されている。また、埋立工法は 下田埋立場とは異なつて、以上のような設備をもつ改良型衛生埋立工法であり、廃棄物処理法施行令三条規定の埋立基準に十分合致するものである。さらに、前記北谷津町の新清掃工場の完成によつて、生ごみ投棄量も一層減少するものと考えられる。

このように、ごみ処理施設の構造面では、本件施設は下田埋立場に比して相当の考慮が払われ、地下水汚染対策もなされていて前記三1(七)で認定のとおり申請人らの使用する地下水が汚染される蓋然性は極めて少ないものと考えられる。

(3) また、その他の環境保全、即ち二次公害防止対策としても前記三1(六)で認定したとおり、下田埋立場の経験を生かして右埋立場以上の対策が講ぜられ、有害虫の発生、野犬の増加、臭害や有毒ガスの発生、粉じんの飛散などに対しても、十分これに対処できるものと考えられる。

以上の諸点及び後記立地条件などの点からみて、本件施設は、その構造、公害対策の点において安全性が高いものということができ、他のごみ処理施設におけるように、地下水汚染や悪臭などの被害発生の事態に立ち至ることはないものと推測される。

(三)  立地条件の適否とその影響

疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、本件予定地周辺の申請人ら居住地域は県営水道の給水区域外で、現在給水区域拡大の計画はみられないので、水道引き込みの可能性はなく、申請人らは今後も引き続き現在使用中の井戸水を利用することとなるものと考えられ、また、本件予定地とグリーンタウンの水源井である高根三号井の給水塔との最も近接したところは、距離がわずか約五〇メートルであり、そのすぐ南側にグリーンタウン居住の申請人らの居宅が存在することが明らかである。

しかし他方、被申請人は昭和四八年ころから次期埋立場用地を、環境汚染の少ない場所、搬入路の利便、埋立の効率性が高いこと、一般廃棄物と産業廃棄物との分別が容易であること、交通量が少ないことなどの基準で総合的に検討して、本件予定地に決定したこと、本件予定地は既に昭和四六年の下田埋立場の選定時にも候補地として検討した経緯があること、別に被申請人は他の候補地として千葉市富田町所在の土地を検討したこともあつたが、同所はその地主全員がごみ埋立地として使用させることを承諾するまでに至らず、仮に承諾があつたとしても地主との土地の使用に関する契約、水質調査、埋立計画の立案、道路の拡幅などの準備を終えるためにはさらに数年を要し、現在のごみ処理の実状からみてとうてい間に合わず、しかるに本件予定地については既に水文地質調査(表層地質検査、ボーリングや電気探査による地下地質検査)、井戸の実態調査、揚水試験、トレーサー試験、浸透試験がなされており、前述のとおり環境汚染の虞も少なく、搬入路として千葉道があり、土地も広く埋立の効率が良く、千葉道を境に産業廃棄物、生ごみ、焼却残灰などのごみとその他のごみの投棄場所が異なるため両者の区別も容易であり、交通量も少ないところであり、用地選定基準に適合することなどが認められ、その他に本件予定地がごみ埋立場として特段不適当であることをうかがうに足りる疎明はない。

四本件差止請求の許否

1 一般に、公害発生原因によつて物権又は人格権ないしはその行使が妨害され、あるいは妨害される蓋然性(客観的妨害状態の存在)があれば、加害者側、被害者側及び社会的な種々の事情(例えば、被害の性質と程度、加害者の害意、加害行為が通常の利用方法に従つているか、防止設備設置の技術的経済的可能性、汚染源の社会的有用性や公共性、公法的基準の遵守の有無、地域性など)を比較衡量してみて、差止めを受ける側の被害及び社会的な損失を無視しても、なお差止めを認容するのが相当であると解される程度の違法性、即ち受忍限度をこえた状態(客観的違法性)の存在を要件として、被害者は加害者に対し、土地所有権などの物権又は人格権に基づいて、被害の発生を防止するための妨害排除ないし妨害予防請求ができるものといえる。けだし、右のような客観的違法性が存在する場合には、被害者が受ける被害は金銭的補償によつて回復しうる性質のものではないからである(環境権に基づく妨害排除や妨害予防請求を肯定する申請人らの主張は、未だその法的根拠及びその基礎となる「環境」というものの概念(各個人の権利の対象となる環境の範囲、環境を構成する内容の範囲とその地域的範囲など)が明らかでなく、これを採用することはできない。)。

2 そこで、これを本件についてみるに、本件計画においては前記三1及び3で認定したように、本件施設自体の構造、ごみ処理方法、地下水汚染対策、その他の環境保全対策の諸点において具体的計画がみられ、かつ他のごみ処理場におけるような被害を及ぼすに至ることはないものと推認される。

従つて、本件計画により、本件予定地付近の住民である申請人らがその物権又は人格権ないしその行使が妨害される蓋然性の疎明はないものといわなければならない。また、本件計画は被申請人が地方自治体として千葉市のごみの衛生的処理を目指すものであつて公共性があり、申請人らに対する害意をもつものでもなく、公害防止のための諸設備も設置して公法的基準を遵守しようとしているのであるから客観的違法性の存在はないものと推認される。

五結論

以上のとおり、申請人らが本件計画により人格権及び環境権に侵害を受けることを理由として、本件施設の建設差止めなどを求める本件仮処分申請は、いずれも被保全権利にいつて疎明がなく、また、保証をもつてこれに代えることも相当でないものと認められる。よつて、仮処分の必要性について判断するまでもなく、申請人らの本件仮処分申請は理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(渡辺桂二 東原清彦 井上繁規)

債権者目録(一)、(二)、(三)《省略》

物件目録《省略》

平面図、縦断図、標準断面図《省略》

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